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東京地方裁判所 昭和57年(ヨ)2356号 決定

申請人

古岡秀人

右代理人弁護士

青山周

宮本光雄

被申請人

全学研労働組合

右代表者執行委員長

安西剛

右代理人弁護士

佐伯静治

佐伯仁

大竹秀達

服部大三

被申請人

東京ふじせ企画労働組合

右代表者執行委員長

竹内輝夫

右代理人弁護士

芳永克彦

山崎惠

主文

一  被申請人らは、自ら若しくは所属組合員あるいは支援団体員らをして、次に掲げる行為をし、若しくはさせてはならない。

1  申請人が別紙(略)物件目録記載の土地・建物の門扉からする出入通行を通路を塞ぐなどして妨害すること。

2  申請人が外出するために自動車に乗車するのを、申請人を取り囲むなどして妨害したり、その自動車の進路前方に立ちはだかってその走行を妨害すること。

二  その余の申請をいずれも却下する。

三  申請費用はこれを三分し、その一を申請人の、その余を被申請人らの負担とする。

理由

第一当事者の申立

一  申請人

1  被申請人らは、自らもしくは所属組合員あるいは支援団体員らをして、次に掲げる行為をし、もしくはさせてはならない。

(一) 申請人に対し、別紙物件目録記載の居宅(以下「申請人居宅」という。)に押しかけ、面会を強要すること。

(二) 申請人居宅の門前、あるいはその付近路上において、申請人を誹謗中傷するアジ演説を声高に行ったり、「老いぼれ、出てこい!」「秀人!団交に出てこい」等のシュプレヒコールを声高に反覆連呼したりすること。

(三) 申請人居宅の門に組合旗、横断幕を掲示したり、ビラ・ステッカーなどを貼付したりすること。

(四) 申請人居宅の門前あるいは付近路上にすわりこんだり、滞留したりすること。

(五) 申請人及び家族(使用人を含む)並びに来訪者等が申請人居宅の門からする出入通行を妨害すること。

(六) 申請人が外出するために自動車に乗車するのを、その進路を扼するなどして妨害したり、その自動車の進路前方に立ちはだかって走行を妨害したりすること。

(七) その他これらに類する行為で、申請人の私的生活の平穏及び行動の自由を害するような一切の行為

2  申請費用は被申請人らの負担とする。

二  被申請人ら

1  本件申請をいずれも却下する。

2  申請費用は申請人の負担とする。

第二当裁判所の判断

一  本件各疎明資料及び審尋の結果によれば、以下の事実が一応認められ、右認定を左右する疎明はない。

1  申請人(明治四一年一二月一五日生)は、株式会社学習研究社(以下、「会社」あるいは「学研」という。)の創始者であり、現在同社の代表取締役会長の職にある。また申請人は申請人居宅を所有し、ここを住居として家族及び使用人とともに居住している。そして、申請人居宅は別紙図面のとおり外部への出入り通行は門を通るしかなく、それ以外は隣家の敷地を横断しなければならない。

2  被申請人全学研労働組合(以下「全学研労組」という。)は、昭和四八年九月会社の従業員をもって組織された労働組合である。

ところで、全学研労組は、会社の行った組合三役を含む一四名の解雇、組合員の異職種への出向配転、昇格、賃金差別等は不当労働行為に当たると主張して労働委員会に救済申立てを行い、また裁判所に対しても訴訟を起すなど、会社と同労組との間には紛争が継続している。他方、全学研労組は、会社は申請人が支配しているので右紛争を解決するには申請人の決断が必要であると判断して、従来から申請人が団体交渉に出席することなどを要請してきたが、申請人は全学研労組の右要請を拒否し、全学研労組は会社内では申請人に面会することもできない状態にある。そこで全学研労組は、申請人に対し、紛争の早期解決、そのための団体交渉への出席を求めて、申請人居宅に対し要請、抗議行動を行うこととし、申請人居宅及びその付近路上において、別紙行動一覧表記載の1ないし52、58ないし61、63ないし72、75ないし81、83ないし96、99ないし105、108ないし112、114ないし116、118、119のとおりの行動をした。

3  被申請人東京ふじせ企画労働組合(以下「ふじせ労組」という。)は、昭和五二年一二月四日、株式会社東京ふじせ企画(以下「東京ふじせ企画」という。)の従業員によって組織された労働組合である。なお同社は、昭和五三年三月九日ころ倒産した。

ところで、ふじせ労組は、東京ふじせ企画は学研の組合対策のため親会社である株式会社ふじせ企画が設立したもので、学研の業務を行っていたのであるから、学研も使用者であると主張して、昭和五三年一月二七日以降、何回となく学研に対して団体交渉を申し入れたが、学研は使用者ではないとの理由でこれを拒否し続けている。そこで、ふじせ労組は、昭和五三年一一月学研を相手方として労働委員会に対し、団体(ママ)応諾、原職復帰の救済申立てを行った。他方ふじせ労組は、学研の最高責任者と考えられる申請人に対し、「会長宅前闘争」と称し、団体交渉に応ずることを要請し、また団体交渉に応じないことに抗議して申請人居宅及びその付近において別紙行動一覧表34、38、39、45、46、48ないし65、68ないし74、77ないし82、84ないし119記載のとおり行動を行った。

4  右のような被申請人らの行動に対し、申請人は、会社職制を多数動員して実力で被申請人ら組合員や支援者を排除するなどした。

二  申請人は、右認定のとおり、申請人居宅を所有し、同所においてその家族や使用人らとともに居住しているのであるから、現に申請人の申請人居宅に対する物的侵害がなされ、今後もそのような侵害がなされる蓋然性が高い場合にはその所有権に基づき妨害予防が、また騒音等物的侵害以外の社会通念上受忍限度を越える生活侵害がなされ、今後もそのような侵害の蓋然性が高い場合には、いわゆる人格権に基づきそのような侵害行為の差止を求めることができると解される。

そこで右認定事実を基礎に、以下検討する。

1  全学研労組は昭和四八年一二月一八日以降、またふじせ労組は昭和五四年四月一六日以降いずれも昭和六一年二月二四日までの間、単独であるいは共同して、また支援者を含め申請人居宅及びその付近において抗議、要請等の行動を行っているが、そこでの行為内容をみると、被申請人らはいずれも申請人に対し面会を執拗に求め、申請人居宅の門扉や石垣に旗、幕等を掲示し、その組合員らはその門前に坐り込みあるいは付近路上に滞留して拡声器を利用するなどして声高に演説、シュプレヒコールを繰り返えしている。そして申請人が申請人居宅の門から外出したときには、組合員らは、申請人を取り囲み、あるいは立ちはだかって文書の受領を強要してその外出を妨害し、また外出のため自動車に乗車した後も、車内の申請人に大声で「逃げるな!」などと怒鳴り、更には自動車を取り囲むなどその進行を妨害している。こうしたことから申請人が被申請人らの組合員らが門前に滞留している場合には外出を控えていることも多多あると推認され、現実に妨害された回数は少ないものの、被申請人らの行動目的等考慮すれば、将来ともなされる蓋然性は高いものと認められる。しかし、以前被申請人らが行っていた、「老いぼれ!」などと申請人を誹謗中傷する内容の演説、シュプレヒコールは昭和五九年以降みられず、またビラ、ステッカーの貼付については、申請人居宅への貼付枚数、回数は多くないうえ、昭和五七年以降申請人居宅に対しては貼付されておらず、また門前の坐り込みも従来はスクラムを組んだりしてその通行を阻止したりしたが、昭和五九年以降は門前に坐り込んでいるものの申請人を除きその通行を阻害するといったことは見受けられず、また家人、来訪者の出入りも昭和五八年九月以降被申請人らの組合員らが坐り込んでいるため多少の不便はあるものの出入りは可能である。こうしてみると申請人が禁止を求めている行為のうちなお将来において継続的になされる蓋然性の高い行為は申請人への面会の強要、旗、幕の掲示、申請人居宅門前及び付近路上に滞留し声高に演説及びシュプレヒコールを行うこと、申請人の門からの出入り、外出の妨害といった行為である。その余の行為については以前はみられたものの、その後みられないものであって、今後もかような行為が継続してなされる蓋然性が高いものとはいえない。

2  次にこれら行為の申請人ないしは申請人居宅への影響についてみる。これら被申請人らの行為は昭和五九年には一二回(内八回は被申請人らが共同して、内四回はふじせ労組のみ)昭和六〇年には一〇回、(内八回は被申請人らが共同して、内二回はふじせ労組のみ)昭和六一年(但し三月まで)に二回であって、その所要時間は数時間に及ぶものから数一〇分程度である。そして被申請人らの面会要求もこれら執拗になされることによって申請人にとって迷惑であるとはいえても右程度の回数であればいまだ申請人の私生活に多大の被害を及ぼしているものとも認められない。また被申請人らが声高に行う演説やシュプレヒコールについても、その内容が申請人を誹謗中傷するものであれば格別、現在はそのような内容の演説、シュプレヒコールはなされておらず、また音量の程度についても現時点で申請人あるいは家人らに特段の生活被害を与えていることについて具体的疎明はなく、その回数、時間も右程度であれば申請人の生活に被害を及ぼす程度はさほど大きいものとはいえない。旗、幕の掲示についても申請人居宅の門扉や石垣に掲示されるもののそれも行動の終了とともに除却されているものと推認され、申請人居宅の美観を多少損い、また門からの出入りに多少の不便を感ずるにすぎないものであって、申請人居宅や申請人に与える被害の程度は大きいものとはいえない。申請人居宅門前の坐り込み、滞留自体についても、以前の如くスクラムを組んで申請人らの出入りを阻止するのであれば格別、現在は門前に坐り込んだり滞留したりするものの、スクラムを組んで妨害するといった行為はみられず、その回数、所要時間に照らし、美観を損うことや日常生活に多少の不便さはあるもののその外特段の被害を与えるものともいえない。しかし、申請人の申請人居宅からの外出に対する被申請人らの妨害行為については、申請人の自由な行動を妨げるものであって、これらの妨害行為によって申請人に不測の損害を与える可能性が高いものであり、その与える被害は大きいものといわざるを得ない。なお、申請人の使用人や家人については、申請人の如き事情は認められず、しかも現在その出入りも比較的自由であることから申請人に対する被害の程度は少ないものと認められる。

3  これら将来の蓋然性や侵害の程度を考え合わせると、被申請人の外出妨害以外の行為は現段階においては、将来にわたって行われる蓋然性の少ないもの、またその蓋然性の高いものであってもその被害の程度は受忍限度を越えているものとは認められず、これらの行為については妨害予防ないし差止請求は認められない。しかし、申請人の申請人居宅の門からの出入りの妨害、また乗車の妨害、乗車した自動車の進行を妨害する行為については、被申請人らの行動目的を考慮してもなお、受忍限度を越えるものであるからこれらの行為に対し、申請人は差止請求権を有するものと認められる。

三  そして次に必要性の点について検討するに、右認定事情に被申請人が高令であることを考慮すると、申請人の外出を妨害することを禁止する限度でその必要性が認められ、その余の行為についてはこれを認めるに足りない。

四  よって、本件仮処分申請は主文第一項の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であり、また疎明に代えて保証を立てさせることも相当でないのでこれを却下することとし、申請費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 遠山廣直)

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